【ネタバレあり】映画『愛がなんだ』を観た感想

今回は、話題沸騰中の『愛がなんだ』を観てきたのでその感想を紹介します。

上映中には鼻をズルズルして泣いている人たちもいた、笑いあり感動ありの作品です。

ネタバレあるので、作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

愛がなんだとは

あらすじ

猫背でひょろひょろのマモちゃんに出会い、恋に落ちた。その時から、テルコの世界はマモちゃん一色に染まり始める。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け(あくまでさりげなく)、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。大好きだし、超幸せ。マモちゃん優しいし。だけど。マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない・・・。

映画『愛がなんだ』公式サイト

言い方があれだけど、友達以上恋人未満の異性を自分の都合のいいように扱う人たちが登場人物で、そんな人達が2人の関係性に決断をしていく物語です。

なので、カップルで見に行くのはあまりおすすめしません。

作中の人たちの意見に影響されて、微妙な関係の2人は余計な決断をうながされちゃうかも。

やっぱり女の子2人で観に行って鑑賞後に、登場人物たちに対する自分の恋愛感をぶつけあうのが1番いいかなぁと。

あとは、本当になんにも意識することのない男女とか。まあどちらかが意識していることが大いにあり得るのであまりオススメではないです。

実際の劇場には、女の子二人組がほとんどで、あとは女性一人でした。

ちなみに、ぼくはそんな内容であることはなんとなく把握してたので、一人で行きました。

すると、周りは若い女の子ばかりであせりました。

キャスト

  • 岸井ゆきの(主人公の山田テルコ)
  • 成田凌(ダメ男のマモル)
  • 深川麻衣(テルコの友だち)
  • 若葉竜也(ぼくらのナカハラくん)
  • 江口のりこ(真っ黒な肺すみれさん)

上映館

TOHOシネマズやイオンシネマでおもにやっていますが、やっていない劇場もたくさんあります。

詳しくは『劇場情報』をごらんください。

その他

原作は角田光代さんの『愛がなんだ』

監督は今泉力哉さん。サッドティーも見たことあったなぁと。

愛がなんだの感想

いろいろ良かったシーンはあるのだが、特に印象に残っているものを紹介します。

まずは冒頭のシーン。

はじめから胸が苦しくなった。

まもちゃんから、仕事帰りだったら家に来て看病してくれない?という電話。

ちょうど仕事がおわったところなんて言ってうれしそうにするテルコ。もちろん仕事おわりではなくて、すでに家に帰っていたところ。

このテルコのうれしそうな顔がかなり切ない。

前情報として、テルコはまもちゃんの恋人ではないというのを知っていたから。

簡単にいえばマモルにとってテルコは都合のいい女ということ。それを知ってか知らずか、連絡がきたらうれしくなってにやけちゃってるのだからとても切ない。

まあただ、個人的にはテルコに対して切ない気持ちを感じたのはこの冒頭のシーンがメインで、あとはどちらかというとマモル目線で観ていた。

マモルは作中では「苦手」とオブラートに包んで表現していたが、はっきり言えばうざいというとこだろう。みているこちらもあーわかるとテルコにイライラすることもあった。

洗濯物をきれいにしまってあるの見てイラッとするのは申し訳ないが共感した。なんていうか、余計な優しさというか。

テルコの悪口はそこらへんにしといて、

この映画で1番感動したのは、やはりナカハラくんの別れの決断のシーン。

あれは泣いた。

いや、そんな経験なんて一切ないけどなんか共感してしまったというか。

ぼくのせいで葉子さんをダメにしてしまうからもう会わない。

なんてのは、建前で、

もうこれ以上都合のいい男を演じるが辛いから離れる。

というのが本音だろう。

はじめは都合のいい男としてでも会えればよかったんだけど、だんだんとそれだけでは物足りなくなってしまったのかもしれない。

けど、葉子が自分を1番に選ぶことなんてないのはわかっている。ほかの男の存在もおそらく知っていたと思う。

それに耐えられなくなったのだ。

彼氏がいる女の子と関係を持ったことのある男であれば、一度は経験したことがある感情のはず。

あとは、寂しくなったときにそばにいれる存在でありたいと思っていたけれど、寂しくなるのはテルコや自分だけで、葉子のような人はさびしくなんかならない。

つまり、葉子にとっての自分の存在意義がわからなくなってしまったのだ。と勝手に想像していたら涙も出てしまった。

寂しくなることもあるよ!私をなんだと思っているの!

と葉子が声を荒げたシーンに救われた人は少なくないはず。

そして、ナカハラは葉子からの電話にも出ることがなくなり、どこへ行ったのかと思いきや、個展を開いていた。

おそらく、葉子と離れてからは仕事にコミットしていたのだろう。前はアシスタントでしかないって言ってたからね。

そんで、その個展に葉子が現れるという。

ナカハラファン、歓喜の瞬間だ。

あのあと二人はうまくいったのだろうか。

当初の邪推では、ぼくは葉子が本命の男に相手にされなくなってさびしくなったときに中原青と検索して個展にきたのだと思っていた。

そう、いまだに葉子にとってナカハラは本命ではないのだ。

ただ、この二人は対比となっているマモルとテルコとは少し違う流れを追っている。

というのは、マモルとテルコの場合は、テルコから離れようという話ではなかったし、マモルがテルコにもう会わないようにしようと話したあとも結局二人は会い続けている。

そして、その二人が結ばれることはなかった。

つまり、ナカハラと葉子はその逆の結果になったのではなかろうか。

まあただの妄想になるのでここらへんで止めておこう。

何が言いたいかというと、これは現実世界にも通じるところがあるのではないだろうか。

テルコのようにマモルからの連絡が途絶えてからダラダラと過ごして、また連絡がきたらダラダラと関係を続けていつまでも同じステージにいるようなこともあれば、

ナカハラのように自分から離れて仕事がんばったら葉子から会いに来るということは実際にも起こりうることだ。

どちらがいいかなんてのは、当たり前だが後者。

辛くても苦しくても後者を目指さなければいけない。幸せになりたいなら。

「幸せになりたいっすね」と終始言っていたナカハラは本気で幸せになろうとしていたのだ。

セフレ扱いでダラダラと関係を続けている男または女はたくさんいるだろう。もちろん、ぼくにもそういう経験がある。

(ちなみに、セフレ扱いするのは男だと思っている人がいるかもしれないが、女も往々にして男をセフレやらキープとして扱っている。葉子という存在でそれを表現したのはこの映画のすばらしいところ)

そのままでは、あなたがあの人にとっての1番になることは、残念ながら、ない。

セフレのほうが楽でいいよばーかという人はそれでも構わない。

ただ、テルコやナカハラのように相手を好きになってしまったのなら、いつかはどちらかの道を選べなければいけないのだろう。

まあ実際には、いきなり連絡は途絶えるものだ。現実なんてそんなもん。

個人的には、そんな絶妙なバランスで保っている2人で観に行ってほしい映画だった。

きっと鑑賞後には本音で話し合えるようになるはず。

勃たなかった直後のマモルとテルコのシーンのように。

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